『いまを生きる』を視聴して

今は亡きロビン・ウィリアムズ演じるキーティングの、世間や常識に従わない在り方や、自分のやりたいことを見つけて信念と情熱をもって生きることの大切さが、心に残りました。

しかし一方で、キーティングの教え子であるニールの父親みたいな保護者が、現実社会にはたくさんいるのも事実です。ニールの置かれた境遇に生きづらさを感じ、彼の結末も考慮して辛い気持ちになりました。かつての自分も、ニールのような立場にいたから。

保護者側の、『教育費払って養ってやってんだから、俺の言うことに従え』というロジックに対する術がなかったから、それこそ『従順な子ども』を演じて、私も生きてきたんだなあと回想しました。『信念と情熱』があれば対抗できたのかと思ったけれど、親におびえていた自分には、やはり自分の意見を主張することはできなかったんだよなぁ・・・。

親であれ学校であれ職務規定であれ職場の人間関係であれ、何かに対して従順に生きるってことは、それに対して自分の意見を持つことを放棄することなんですね。そして、自分の意見を持たないでいると、他人に対して打ち明ける自分ていうのが、一体なんなのか分からなくなってしまいます。

規範や権力に対して物申すというか、鵜呑みにしないでいることって、実はすごく難しいことで、そう簡単にはできないことだけれども、それらが必ずしも自分にとって正しいとは限らない。だから、自分の思いや直観を大切にして(時として相手の言うことにも耳を傾け反省の材料にして)、自分の人生を歩んでいきたいと、思いました。

モラトリアムという名の中弛みサイトッ!!